スタッフ活動日誌 今日もSmile

我慢

2016.02.14

こんばんは!

SMILE青山です。

先日子どものモノサシの話をしたと思うのですが、子どもの自由なモノサシも、

大人の決めつけの枠の中で段々不自由になってしまう日が来るのだろうかと考えていた時に、

しつけの面白い記事を見付けてのでつい読んでしまいました。

 

以下記事内容

親の「いけません!」に対して、子どもは「自分の要求を放棄して親に従う」か、

「あくまでも自分の欲求を押し通す」か、二つの選択肢の狭間に立たされます。

しかし、どちらを選んでも子どもの真の成長にはつながりません。

前者は「よい子だ」と周囲にほめられるかわりに、

ほんとうの自分をひたすら押さえることになるでしょう。

」よい子の仮面は、辛い重圧となって自分を苦しめ続けます。

いっぽうの後者は、我が儘を通した代償に、親からの罰が待っているかもしれません。

また、我が儘を続けていると、

親の愛情を失ってしまうことへの恐怖と闘わなければならなくなります。

いずれにせよ、子どもは心の葛藤を余儀なくされます。

しかし、いつまでもこうした状態に留まっていません。

やがて、第三の解決法を見つけ出すようになるのです。

それは、ひたすら自分の欲求を我慢するのでもなく、

親に背いて自分の主張を通そうとすることでもありません。

ある程度譲歩しつつも、自分の望みをあきらめないですむ方法です。

たとえば、買って欲しい文房具があるけれども、高価なので買ってもらえません。

しかし、どうしても欲しくてたまりません。

そこで、「つぎの誕生日に、プレゼントとして買ってくれないかな?」と、親に交渉します。

すると親が承諾してくれました。

ただし、誕生日までには4カ月もあります。

長い辛抱の末、とうとう手に入れることができました。

こういう解決法は、自己の欲求に折り合いをつけるという意味で子どもの成長と言えるでしょう。

このように、しつけの最中にある子どもは、自分の欲求と行動を調整する方法を少しずつ学び、

やがて自律した一人前の人間に成長していきます。

 

というもの。

我慢し過ぎても駄目、いい子過ぎても駄目。

これは幼少期、我慢に我慢を重ねて、

欲求と感覚を取り戻すのに苦労している今の私の経験と重なるところがあり、

子どもたちには欲求と感覚を大切にして欲しいと心から願う私の想いに繋がります。20121206_f03b9e